4/7近くて遠い東京

今回は、三文会運営者の一人であり、新領域修士2年の江崎さんが「あなたの知らない東京」という題で、山谷(さんや)という場所の特性について、その成り立ちから現状、今後の姿まで、実際に宿泊してきて経験をふまえ、多くの写真を用いて分かりやすく話してくれました。この山谷という場所は、東京都台東区荒川区、東浅草近傍に位置する日雇い労働者が滞在する場所、いわゆるドヤ街の旧地名です。さっそく、「山谷ブルース」(フォーク歌手・岡林信康)なるものを聴きましたが、なかなか重たい曲で、会場の雰囲気がどんどん沈んでいきました・・・。昔はとても暗い場所だったようです。次には、現在の山谷地区の中心となっている泪橋交差点の写真が映し出され、近い割になじみが薄かった山谷のおおよそのイメージがつかめました。泪橋は、以前小塚原刑場跡の近くの思川(おもいがわ)にかかっていた橋で、今ではもうその面影はないものの、江戸時代には受刑者とその身内の者との今生の別れの場であり、お互いがこの橋の上で泪を流したことからこの名が付いたそうで、地名だけは残っているようです。

ここで、過去から現在への山谷の移り変わりについてみていくと、山谷というまちは、明治時代の初めころまではいわゆる普通の宿場町であったものが、大震災で崩れてから日雇い労働者の町に変わり、戦後には東京都によって被災者のためのテント村が用意され、(日雇い労働者向けの)簡易宿泊施設へと変わっていったようです。このようなドヤ街としての山谷を支えてきたのは、土木工事等の経済活動が盛んな時期で、働く場所を求め外から未熟練労働者が大量に流れ込んできたことが大きいですが、交通の便が良いことも重要だったようです。

そんな山谷ですが、現在では簡易宿泊施設の多い場所となっており、実際に発表者の江崎さんが宿泊してきたときのことを詳しく話してくれました。江崎さんが泊った宿は、1泊2200円、写真で見ると部屋は布団1つでうまってしまう感じの狭さですが、浴衣が用意され、テレビはケーブルテレビも見れ、浴場があり、また、長期滞在者向けの自炊設備もあり、また、共用スペースではネットが無料で使用できるなど、「現代の簡易宿泊施設」の代表といえるネットカフェと比較しても、コストパフォーマンス等の面で劣らないように思えました。実際に、海外のバックパッカー向けの雑誌に安宿として山谷地区の宿泊施設が紹介されていて、お店のメニューも英語表記されているなど現在では国際化も果たしていて、日本の観光産業の発展にも寄与している部分がありそうです。

そして、現在では高齢化が進み、80年代ごろから生活保護の受給者が増加しているなど、厳しい問題も抱えた地区であるものの、喧嘩や叫び声がなくなり、交番も普通の交番に変わったなど、以前の山谷らしさは薄れ、もはやドヤ街ではなくなってきているようです。1泊3500円程度のドミトリーを提供しているところもあり、六本木、恵比寿のような場所へ日比谷線1本で行ける交通の便からやはり外国人に人気があり、特にコミケの時期には多く人が集まるそうです。また、これは、参加者の方々から多くのツッコミが入りましたが、東京で一番おいしいコーヒー屋(○日新聞、他で紹介)もあるとか。一番安いメニューで一杯450円から(意外と安い?)だそうなので、ぜひ行ってみるといいでしょう。最後に、非常に興味深かったのが、発表の後に「外国人に対するネットカフェの可能性」に関する議論があったことです。外国人のバックパッカー向けに、山谷にあるような簡易宿泊施設ではなく、ネットカフェがあるではないかといった意見に対し、現在の制度上の問題や、ネットカフェという空間に対する捉え方などからさまざまな意見が出て、とても盛り上がったように思います。

ドヤ街から、国際的な簡易宿泊施設へと変化を遂げてきた山谷。近くにありながら、なじみの薄かった場所。ぜひ、コーヒーを飲みに、宿泊しに行ってみたいと思いました。

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